猫と音楽と経済と政治のブログ

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人間のあり方、王貞治のこと、その父親

王貞治がコロナ陽性で入院か。

王貞治と言っても野球に興味ない人は知らないかもしれないから説明すると、もう40年も前に最多本塁打世界記録868本を打った野球選手で、その当時は新聞TVは大騒ぎだった。だから年配の人ほど王貞治を知っている。と言うか、知らない人はいない。当時の騒ぎ方はイチローのメジャー記録262安打の時や、去年の大谷翔平みたいな騒ぎ方だったから、日本を代表すると言うか世界的に有名な野球選手である。

その後は巨人の監督、ダイエー・ホークス、ソフトバンク・ホークスの監督を務め、第1回WBCでは日本の代表監督を務めて優勝。優勝時にイチローと抱き合っていたシーンは印象深かった。

WBC以前に本塁打記録でもよく知られていたので、日米野球や第1回WBCでは多くのメジャーリーガーが王のサインを貰いにきた逸話がある。だが、王貞治を初めて見たメジャーリーガーたちは目を疑ったろう。

米国内でも王に関しては報道されていて、ベーブ・ルースハンク・アーロンを越える868本の本塁打は日本の狭い球場だから可能だったんだと説明されてきた。しかし、メジャーリーガーが初めて見る王貞治イチローよりも一回り体が小さい小男で、どう見ても世界で一番本塁打を打った男には見えない。とは言え、これでも当時の日本人の平均身長以上だが、体の大きい米国人やそれを見慣れた中南米の選手には王貞治の体格は衝撃的だったろう。

王貞治はパワーよりも、技術で本塁打を打っていたタイプなのだ。今では普通になったが、王が始めた一本足打法はその象徴だが、メジャーと言うか、世界を見渡しても同じタイプの打者はいまい。

王貞治を語る時、私にはどうしても忘られないことがある。それが王貞治の父親、王仕福さんである。

仕福さんは若い頃、戦争前に台湾から日本へ移ってきて、とても真面目に働いていたので評判が良かったらしい。そのおかげか、日本人の登美さんと結婚して6人の子供に恵まれた。(とは言え、2人は乳幼児の段階で早逝している)

中華料理店を経営しながら4人の子供を育てたわけだが、他に特に目立つ功績はない。せいぜい王貞治の父親だったところが功績といえば功績か。

だが、私はこの人の話しが大好きなのだ。

仕福さんが育った台湾の片田舎は20世紀初頭と言うこともあり電気もなければ、病院もなく、医者もいなかった。そこで仕福さんは生まれてきた2人の息子に医者と電気技師になって故郷に戻って欲しいと願った。

王貞治の兄、鉄城さんは父の願いを汲んで医者になった。台湾には戻らなかったようだが、医者として人の助けになる人生を送ったのだと思う。

王貞治は、電気技師になってくれという父の願いに沿えなかったことを多少の心残りとしているらしい。

スポーツの世界で誰もなし得なかった記録を作り上げるのは立派なことだ。

スポーツの世界は常に競争だ。トップレベルになればなるほど才能に恵まれた逸材が努力して競争してる。たまに才能に自惚れて大した努力もせず、伸びなかった逸材もいるが、(清原、松坂、共に西武出身というのが興味深い)、概ね皆んな努力している。その中で一番の成績を上げるのは並大抵のことではない。

しかし、そういう輝かしい実績よりも、私は王仕福さんの考え方のほうが好きなのだ。遠く離れた故郷を忘れず、故郷のためになることをしたいと願い、子供たちにその願いを託して、毎日の仕事を頑張る。

そこには嘘のない純粋な善意がある。私はそれが好きなのだ。

札を刷って給付金を配ると主張して人気を博す政治家がいる。無責任極まりないが、それを抜きにしても、私が人間を評価する時は人気や功績などを中心に考えたりはしない。だから人気があるからと言って、その政治家を評価したりはしない。

それよりも、例え無名であろうとも功績が皆無であろうとも、自分の利益追及ではなく、もっと大きな共同体や同胞のために活動する利他性、嘘のない善意を持つ者こそ、私に取っては評価に値する。

王貞治の父親、王仕福さん。私は仕福さんの中に、その嘘のない善意を見出したのである。